男旅in田原坂

 21, 2015 23:23
子供と二人で外で遊ぶには公園なんかが手ごろでいいだろう。
しかし大人の自分が楽しめないので、最近は史跡巡りで悦に入っている。

今日は熊本市北部の日本最後の内戦の地「田原坂」へ向かった。
ここに最後に来たのは思い出せないほど昔の事で、中がどうなっていたのかも全く思い出せない。

「雨は降る降る人馬は濡れる 越すに越せない田原坂」

田原坂は長さ1.5km、標高差60mのゆるやかな坂だ。南下して熊本城を目指す官軍小倉連隊とこれを阻止せんとする薩軍が、明治10年(1877年)3月4日から17昼夜、一進一退の攻防を繰り返し1万人余の戦死者を出した、西南の役最大の激戦地。

一の坂から二の坂、三の坂と続き、三の坂が田原坂だ。
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今車でここを通ると、「なんでこんな狭いところを通ったのだろう」、「なぜここが激戦地になったのだろう」と疑問が浮かぶが、当時は大砲や弾薬を運ぶにはほかに道はなかったそうだ。
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三の坂前には小さな駐車場があり、懐かしい車が止まっていた。
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2代目エスクードSエディションかな?
赤いマッドフラップが決まってて、つい写真を撮っちゃいました^^

次に正面駐車場へまわる。車を止め全貌をカメラに収めようとすると・・・
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ここにも2代目エスクード!
やっぱり、エスクードを選ぶ人はここに来るのだ^^

中に入ると最初に目に飛び込んで来るのが「弾痕の家」
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官軍の弾薬は1日平均32万発にものぼったと言う。「行き会い弾」と言うのかな?弾と弾が空中で衝突し、お互いが噛み合った弾があると言う。まさに雨霰の銃撃戦だ。

横には資料館があり、その対面には新しい資料館も建てられており、近々オープンしそうな完成度だ。
資料館はSouが持たないのでパスし、山の斜面に植えられたツツジを見た。
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後一週間もすれば満開だろうね!また見てみたい^^

ツツジの中をグルグルと歩いて、小高い丘の先端まで進んだ。
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鳥がうるさいほどさえずり、新緑は朝まで降った雨でみずみずしさを増している。
Souは歩くのが楽しくて、葉っぱを摘んだりどんぐりを拾ったりして右往左往する。

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大きな楠の前には、少年の面影を残した騎馬兵が・・・これは官軍か薩軍か?

そもそもどちらが官軍だろうがどうでもいい事だ。「勝てば官軍」、明治政府が物量で圧倒し、徐々に薩軍を掃討して行った。
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おびただしい命が奪われて、武士の世は終わったのだ。

西南戦争で亡くなったすべての人々の名が刻まれる。
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中島みゆきの「ひまわりSUN WARD」から

あのひまわりに訊きに行け あのひまわりに訊きに行け
どこにでも降り注ぎうるものはないかと
誰にでも降り注ぐ愛はないかと

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西郷どんについては、何時か掘り下げて書いてみたい。
今はまだよく解らないのだ(^^;
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