キャンピングスタイル思考 その4

 10, 2014 17:22
昨年7月の鎖骨骨折で入れていたプレートの抜釘手術を行いました!
左肩が軽い軽い^^
無事成功し、今日退院しました。しばらくは鎖骨付近に力がかかるような無理は出来ませんが、
10月ぐらいには久しぶり登山に行きたいなぁ~。もうリュックの荷重も問題ないぜ!!

ところで続きを、、、
バイクに乗り出した高校時代は、飛躍的に行動半径が広がった。
「此処じゃない何処か」を目指し、九州中を走り回った。

高校2年生、初めての九州一周の旅は以前紹介したので割愛する。
ここでは高校3年生の夏、一人で九州一周をした旅を紹介しよう。

2度目の九州一周は、前回とは逆周りでスタートした。県北の長洲港からフェリーに乗り島原半島の多比良港へ渡った。
諫早市を抜け、大村湾沿いにオランダ村(今は無い)を目指す。西海橋を渡り伊万里市へ。
一人なのでペースが早い。松浦半島の波戸岬や呼子を経由して唐津虹ノ松原が最初の宿泊地だった。
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松原の砂地に一人テントを張り宿泊。翌朝は砂浜にバイクを乗り入れて写真を撮ろうとしたが、砂に埋もれ四苦八苦><
その姿はかなり滑稽だったろうけども、若気の至りと言う事で^^

2日目は佐賀、福岡を一気に抜けて九州東海岸へ向かう。この市街地走行が一番辛かった。大分県の耶馬溪へ向かい青の洞門で休憩。
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夏休みと言うのに人は殆どいない。「この辺で宿泊地を」とバイクを走らせていると無情の雨が・・・。。。
気が付くと、この2日間誰とも会話を交わしていない。今のように携帯電話など無い時代だ。山間部の冷たい雨もあってか急に人恋しくなっていた。
人の居るところに行きたい。日は暮れてきたがそのまま別府まで走っていた。

濡れ鼠の若者は、テントを張る気力を消失。二日目にして民宿のドアを叩いた。
お金が無いだんごは「素泊まり」を希望したが、民宿のおばちゃんは無料で食事を出してくれただけでなく、翌朝もおにぎりを握ってくれていた。
久しぶりに交わす会話。そして見知らぬ人からの親切に胸が熱くなった。「ありがとう御座います」。
3日目は天気も回復し、意気揚々と旅を続けた。

国道10号線を南下。宮崎市、日南市を抜け九州最南端の佐多岬へ。
日に焼けた両腕が赤い。白いTシャツは黒くくすんでいる。綺麗な渓流を見つけては川に飛び込む。お風呂&洗濯!服を着たまま石鹸で全身を洗った。

日が傾き、日南市の国道脇でテントを張った。
1409img008.jpg

自炊し、翌朝用に余った食事をテント脇に置いて就寝だ。
深夜ガサゴソと物音がして目が覚めた。テントの外から何物かがテント脇に置いた食事を狙っているのだ!
恐る恐るテントを開けて、物音のほうを見ると野良犬がツメでテントをガシガシしている!!
「おまえも一人か・・・」
食事を少し分け与えてしばらく犬を眺めていた。もしかしたらこの世の中に俺一人しかいないんじゃないか?
それぐらいの孤独感を感じていて、野良犬でも何だか嬉しかったのだ。
こんなのを「犬の手でも借りたい」と言うんだよね!
ん?「猫の手でも借りたい」か(^^;
満点の星がとても綺麗だった。

翌朝日が昇ると朝の清々しい空気と、眼下の海が美しかった。今日はいよいよ佐多岬だ!
串間市、鹿屋市を抜け国道269号線「佐多街道」を行く。何処までも続くような長い海岸線だ。
1409img009.jpg

佐多岬ロードパークの料金所を抜けると北緯31度線。ここは南国だぁ~!

駐車場から歩いてトンネルを抜けると数分で灯台に至る。眼下には青い海が渦巻いて、灯台の上に登ると見渡す限りの海が広がった。
種子島、屋久島、煙を上げる硫黄島も遠くに見えた。ここに来たくてずいぶん遠回りをしてきた。
自分の中ではやり遂げた感が強い。目的をなくした若者はフラフラと佐多街道を北上し、桜島フェリーで鹿児島市へ向かった。

もう帰ろうかと言う気持ちも大きかった。そんな誘惑を振り払い何とか指宿市へ入った。
人恋しい。誰かと話したい。そんな思いからキャンプ場を利用した。しかし、ライダーはだんご以外誰も居ない、てか殆ど人が居ない・・・。。。

荷物を置くと指宿温泉の繁華街へ向かった。誰か居るかも知れない。そんな思いからだった。

するとそこに1台のバイクが入ってきた。京都ナンバーのオフロードバイクだ。
自分でも信じられないぐらい手を振って、そのバイクを呼び止めた。
「もし宿泊地を探しているのなら、私のテントのところに来ませんか」
大学生らしき彼は、にこにこ笑いながら「いいよ~」と言った。

1409img010.jpg

高校生と大学生ではだいぶ違うらしい。日本一周をしている彼は「如何にお金をかけずに長旅を続けるか」を延々話してくれた。感心出来る内容もあれば、そこまでしなくてもと思う事もあった。
だんごはすっかりやり込められてしまい、翌朝には殆どの食料とキャンプの備品を彼に渡してしまった。そうせざるを得ない雰囲気をかもし出されていたのだ。

彼はこれから沖縄へ渡り、帰りに熊本を通ると言う。住所を伝え別れた。
5日目、もう1日スケジュールはとっていたが、食料も無くなりまっすぐ熊本に帰る事にした。
ギリギリの予算で、燃料を入れるとお金は殆ど残っていない。昼も食わずに熊本県へ復帰。八代市手前の山間部で山の湧き水を飲んで、さすがに疲れたのか道端に寝転んだ。

しばらくすると軽トラが止まり、おばちゃんが降りてきた。
「お昼は食べたんね」
「いいえ・・・」
「うちは日奈久で仕出し屋ばしよるけん、きなっせ」
と、後ろをついてくるようにせかされた。

そこでは食べきれないほどの寿司やうなぎなどどんどん出してくれた。
「旅の恥は掻き捨て」
遠慮なく頂いた。感謝、感謝!!
若さゆえの特権だろう。今そんな事やってても誰も見向きもしてくれないぜ。

人の親切が身に染みた旅は終わった。それでも京都の彼が重くのしかかっていた。

数日後、一本の電話が鳴った。彼だ。だんごの住む宇土駅に来ているという。
友人と二人でいた時だった。私は二人ですぐに宇土駅に向かい。再会を喜んだ。
「じゃあ、熊本城と阿蘇を案内します」
と言ったが、彼は少しゆっくりしたいので、家に行ってもいいかと言う。
断る理由も見つからず、家に向かう。
彼はしばらくくつろぐと台所をうろつき、冷蔵庫や戸棚を勝手に開けて、「これ貰ってもいいかな」と遠慮なく言う。
ここも断れずに「どうぞ」言うしかない><

それでも彼は飽き足らず、今度は私の友人の家に行こうと言う。
そして彼の家でも結果は同じだった・・・。

彼はたらふくの荷物を積み込み、3人で熊本城へ向かう。だんごは友人に悪かったという思いが強く楽しめない。
それから阿蘇に向かうはずだったが、なんと言ったかは忘れたが、なにか理由をつけてそこで別れる事にした。

そんな事までして旅を続けても・・・
「旅の恥は掻き捨て」とは言ったが、不可抗力と計画的は全然違う!

だんごは自分の旅は、自分の責任でやらなければと強く思った高校3年生の夏でした。
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COMMENT 2

Fri
2014.09.12
19:51

TA01W #XajaWc7E

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VT250Fなつかし〜♪
その大学生さん、将来大物か泥棒でしょう。
今は何されてるのやら・・・。
そんなんだから、人も寄り付かず、人んちに図々しく入るようになったのかな?
その点、だんごさんは、空腹オーラ満載だったのでしょう(笑)

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Fri
2014.09.12
23:07

だんご班長 #-

URL

TA01Wさん

高校3年生の18歳間近と言えば、世間の酸きも甘きも少しは解る年頃でした。
自分も若気の至りで人の親切にあやかる事が多かったから、
旅人に何かしてやりたい気持ちもありました。
それでも彼はあからさまだし、歳も上でしょう・・・。
何となく後味が悪かったですね。
旅は人を成長させると思うけど、彼の場合どうなのだろう?
違う意味で成長したんでしょうか(^^;

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