冬は「みゆき」

 04, 2014 02:36
 昭和生まれのだんご。年末と言えばレコ大や紅白など音楽番組を多く見てきた世代だ。
このブログではあまり触れて来なかったけど、実はかなり音楽が好きだったりします^^

 車の中でもテレビやラジオを見たり聴いたりするよりも、好きな音楽を大音量で聴いてる派です。
特に冬になると我が青春の「中島みゆき」が恋しくなるものです♪

 中学生の時初めて音楽に興味を持って、当時「長渕剛」の「順子」が流行ったころでした。それからフォークソング系のミュージシャン中心に色んな楽曲を聴いてきたけど、中島みゆきはずっと敬遠していました。
 何でかって、何だか暗そうだし夢と希望に満ち溢れていた血気盛んな自分に合わなかったのでしょうね・・・。

 それが大のみゆきフリークになるのはもう青春とは言えない20歳の頃でした。
当時地元のまあまあ大きな会社を突然辞めて、家族の制止を無視して上京しました。実家に居れば何不自由無く生活出来るはずだったけど、このまま大海を知らずに「井の中の蛙」で過ごしている自分が嫌になったからでした。

 何もあては無いし、何になりたいのかも解らない。でもこのまま歳を重ねるのは嫌だ・・・。。。
そんな「自分探し」の上京だったでしょう。

 まずは名古屋の三〇自動車工場に期間工で行きました。名古屋には親戚がいて、「何かあった時は頼れるだろう」とここだけは親の言う事を飲んで一旦落ち着きました。
 個室が与えられると聞いていた部屋は「タコ部屋」で、3LDKに12人ものどこの馬の骨か解らない連中の集まりです。入居初日に部屋の「ボス」に挨拶しなかったとかで露骨なイジメを受けました。石鹼やシャンプーは名前を書いていてもすぐなくなるし、靴も無くなる。しまいには留守中にバックの中まであせくられ大事な物も無くなりました。ほとんど「北の国から」の「じゅん状態」ですよ!

 そんな自分にも友達が一人出来て、「こんなところ抜け出そう」と毎日誘われます。
彼は北海道の北見出身で、東京まで行けば親戚がいて帰りの旅費を借り北見に帰りたいと言ってました。だけどギャンブル好きの彼は東京まで行く旅費が捻出出来ず、車持ちのだんごに乗せて行って欲しかったのです。

 その頃少しづつ同居人らとも打ち解けて、特に急いで東京に行くこともなかったのですが、彼の執拗な誘いに折れてついに東京へ出発しました。
 
 東京には同級生の友達が数人いてまずはそこに身を寄せました。北見出身の彼は親戚に連絡を取ると言いながらも一週間たっても音沙汰無しです・・・。さすがに友人には二人も居候させて貰って申し訳ないので自分は住み込みで近くの新聞販売店でバイトを始めました。

 上京して二週間ぐらい経ったある日、友人と彼と3人で友人宅で飲み会をしていました。話題は「いつ北見に帰るんですか?」が一番気になるところです。

 友人の家で夜通し飲み明かし、私はそのまま新聞配達に行きました。朝刊を配り終えて友人宅に戻ると、彼と荷物とだんごと友人の財布の中身が無くなっていました。

 田舎モンなんです。すぐ人を信じちゃうし、胸を開いちゃう。都会人のようなスマートな生き方が出来ないんです。信じている人には裏切られるし、こっちは友人だと思って相手の懐に飛び込もうとすると「ガシャ」っとシャッター閉じられちゃうんです。
 何かをしたくて東京に来ました。でも何をしていいのか解らない。明日が見えない。とにかく人が多い。イライラする・・・

 そんな頃冬でした。KDDのコマーシャルで中島みゆきの「あした」と言う曲が耳に飛び込んで来ました。
ジワ~っと胸に浸透して、初めて中島みゆきの歌が理解出来ました。
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 それ以来ずっとみゆきフリークです^^

 ちなみに一番好きな歌は「ローリング」ですw

rollin'age淋しさを
rollin'age他人に言うな
軽く軽く傷ついてゆけ
rolling'age笑いながら
rolling'age荒野にいる
僕は僕は荒野にいる

 だんごがよく使う「荒野」と言う言葉は、ここから来たのです^^
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