「八重の桜」を見て友人Hさんを想う

 03, 2013 23:06
 最近NHK放送で会津を紹介した番組が多い。大河ドラマ「八重の桜」で会津地区は盛り上がっているのだろう。
だんごも幕末・維新の歴史が好きで、「竜馬伝」や「新撰組血風録」、「飛ぶが如く」などの坂本竜馬、西郷隆盛、大村益次郎、高杉普作、吉田松陰(主に司馬遼太郎作品)を題材にした本を繰り返し読んだ。
 これらは関東以西を舞台にした話で、特に九州周辺のものが多い。だんごが熊本だから親近感が湧くのである。

 「八重の桜」を見て、今まで知らなかった会津人の気質を知る事が出来る。
同じ町に住む六歳から九歳までの藩士の子供たちは、十人前後で集まりを作っており、この集まりのことを会津藩では「什 (じゅう)」と呼び、そのうちの年長者が一人什長(座長)となっていたそうだ。

 ここには「什の掟」と言う決まりがあり、「一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ」から始まり、七つの掟がある。そして最後に、

「ならぬことはならぬものです」と結ぶ。

 最後に来る言葉とは全文のまとめ、総括したものであるはずだ。標準語では「出来ないことは出来ないのです」と言う意味になると思うが、否定的な言葉で掟を締める事に会津武士の精神を考えさせられた・・・。


 その昔だんごが東京働いていた時の友人で、今でも手紙・メール等親交がある「Hさん」は、知り合った当時私の事をこう言った。

「だんご君は、薩摩の隣の熊本人だから最初は警戒していたんだよね」

 現代に薩摩と言う言葉が出てきた事にびっくりしたが、彼は熱烈な会津贔屓(白虎隊)で、今でも鬼のように薩摩・長州人を警戒する。彼自身新潟出身だが、新潟の位置関係から会津は近い。

 彼が何故今でも警戒心を解かないのかを、幼い事から培われ精神に染みついた「ならぬものはならぬものです」の言葉で知る事が出来きたような気がしていた。
会津人にとってはダメなものはダメで、幕末に官軍から賊軍へ魔法のようにひっくり返された薩摩・長州を今でも許せない気持ちがどこかにあるのだろう。

 誤解を招いてはいけないので、会津の人でも薩摩・長州人と心から親交がある方もたくさんいると思うし、高杉晋作や、西郷隆盛があくまでも日本を一旦焦土にして新しい日本作ると言う思いも理解出来ます。
 それにしても白虎隊や、非戦闘員の悲劇は涙なしでは見れないし、革命だから血が必要だとも言いきれない><

 Hさんの恨み節を肯定的に捉えるには、この解釈が一番すんなりきてだんごも納得したのだ(全然違うかも知れないけど)

 各言う肥後人は「肥後もっこす」といい、あまのじゃくで頑固で一人一党と言われ統一される事を嫌う。吉田松陰は「日本男児の典型は肥後人」と言い、高杉晋作もそれを継承した(エヘン
しかし、個々に優れた人材を出しながら、維新の波に1歩も2歩も出遅れたのはまとまりのなさ由縁だ。

 会津人の爪の垢でも飲ませて貰えれば、少しは協調性も出てくるかな^^
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COMMENT 2

Mon
2013.07.08
21:38

TA01W #XajaWc7E

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先日初めて会った方、「会津魂」って書いたTシャツ着てた(笑)
日本酒も会津若松のものでしたので、まさかとは思いましたが、会津出身の方でした。

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Mon
2013.07.08
22:19

だんご班長 #-

URL

TA01Wさん

郷土愛に溢れる方なんでしょうね^^
住めば都なんて言いますがやっぱり郷里は良いもので、生まれ育った町は格別です。

そういう私も「阿蘇人」と書いたTシャツを買おうかと真剣迷いました(汗
ここにあります↓
http://www.asocity-kanko.jp/souvenirs/summer.html

サイズが合ったら買ってたでしょうね。でもちょっと高い><

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