イルカは居るか!^^

 29, 2010 08:50
5月23日、会社の社員旅行で「イルカウォッチング」なるものに参加した。
団体行動、スケジュールに縛られるのが苦手なだんごだが、旅行が組合推進の企画だけに組合評議員の私は行かざるを得ない。風の吹くまま、気のむくまま居たいのさ^^泣けてくるぜ!

しかも当日は雨じゃないか!!全身に100kgぐらいの重りをつけたようだ。身体はだるく乗気はしないが、渋々出かけた。

バスに乗り込み、国道57号線を天草へ。車窓の風景は鉛色の空がどんよりもたれ、雨は土砂降り・・・。海が見えてくると何時もより強い潮の香りが漂った。

「目の前には平成新山のやまなみがそびえるはずですが、雨でみえません」。だんごの母と変わらないくらいの歳のガイドさんが話す。
ぼんやり海を眺め、対岸の島原を思った。島原一円の藩主、松倉重政とその子勝家はキリシタン弾圧、重税、殺戮などありとあらゆる悪政を行った。
信者は雲仙の地獄に投げ入れられたり、逆さ貼り付けで渚につるされ改信をせまる。キリシタンだけの弾圧ではない。畳を変えれば畳税、ありとあらゆるものに税を絞り年貢を取り立てる。一粒の米さえないとすがる住民を、川の檻に放り込む・・・。。。
村内には餓死者が出だし、このまま行けばいずれ死ぬ。そこまで追い込まれたのだ。

同じ頃こちら側の大矢野町に、一人の神童が現れた。彼の名は「天草四郎時貞」。肥後の国でも法華経信者の加藤清正はキリシタンを生理的に嫌い、天草地方は壱岐・対馬の藩主寺沢氏が治めていた。
実際2万石ぐらいの石高しかないのに寺沢氏は幕府に対して4万石と多く報告し家格を上げた。それにより農民は絞られ、状況は島原と同じだ。

爆弾の爆破には火花がいる。大矢野地方では、「数年後神の生まれ変わりの子が現れる」と流言し、天草四郎を担ぎ上げ、一揆のクルス(十字架)として集まらせた。

天草領民は鬼池から船に乗り、対岸の原城に島原領民と立て篭もり、幕府軍と戦った。皆な死を覚悟していただろう。その数3万7千人。領民のほぼ90%の人員と言うから驚く。

戦闘の模様は割愛するが、一揆軍は皆殺しにされ歴史からも封印された。

その鬼池と口之津間にイルカを見に行くのだ。何とも複雑な心境だ。せめて空と海が青々晴れていれば良い。この天気だもの・・・。

とは言え、車は船着場に到着した。
iruka01.jpg
雨も若干小雨になったようだ。

二艘の船に別れて乗船する。
iruka02.jpg
だんごは奥の船に乗り込んだ。

走る事1時間。何時の間にやら、周りに沢山同じ目的の船が!!
iruka03.jpg
そろそろイルカポイントだ。

イルカは人懐っこくて、好奇心旺盛だと言う。
iruka04.jpg
次々とイルカが現れ、それをめがけて沢山の船が移動し追い立てる。

時には船と船で挟み撃ちにしているようにも見える。イルカにストレスはないのだろうか・・・。
iruka05.jpg

遠くに離れて行ったイルカがジャンプした。自由に泳げて楽しんでいるように見える。
だんごと同じ性格か^^

一揆に参加したくなくても、強要された領民もいただろう・・・。
雨の海なんて見るもんじゃないなぁ><
スポンサーサイト

COMMENT 2

Sun
2010.05.30
18:31

ちょこたん #-

URL

私も、かな~り昔、天草のイルカウォッチングに行ったことあります。

イルカを見れて感動した反面、イルカを追い回している様な気もしました・・

日記のタイトルのダジャレがgoodです。

Edit | Reply | 
Sun
2010.05.30
21:45

だんご班長 #-

URL

ちょこたんさん^^

古典的なダジャレで申し訳ないっす(^^;

観光資源の少ない天草では、イルカウォッチングは貴重な資源でしょうし、
子供達の楽しそうな歓声をみると、救われますね^^

イルカが居なくなったなんて事が無いように、続けて欲しいです♪

Edit | Reply | 

WHAT'S NEW?