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2月21日土曜。登山仲間であり、会社の同僚であるMM君の実家を尋ねる旅に出た。
二つの目的があり、一つはMM君のおじいちゃんのご機嫌を伺う事と、もう一つは大隈半島最高峰の甫与志岳に登ることだ。

午前7時、だんごの自宅からMM君のネイキッドで、往復400kmの旅出発!!
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九州山地より朝日が!今日は良い天気になりそう^^

御船インターより高速に乗る。車は少なく、軽快に南下した。
途中、山江SAで一回目の休憩^^外は風が冷たく、心が折れる><
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はしゃぐMM君^^なんて、だんごがリクエストしたんだけどw

えびのジャンクションより、宮崎道に入り都城インターで降りた。ここまで2時間。後は下道を大隈半島付け根の大崎町へ向かう。
茶畑が続く真っ直ぐな道を走る。のどかな風景に癒される。

大崎町から高山町へ。一つ目の目的地、MM君のおばさんの家に無事着いた。
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鹿児島は空が広いなぁ^^

MM君は、連絡もせずサプライズ訪問したので、おばさん達はびっくり(^^;だんごまですっかり世話になって、あれ食え、これ食え・・・。あげく弁当を作って貰えるとの事で恐縮!
その間に、おじいちゃんの家に。歩いて2分のところにおじいちゃんの家があった。
寒いから寝ておられたようだが、突然の訪問にも嫌な顔一つせず、「何も無い、何も無い」ともてなしが出来ない事を恐縮された。こっちこそ手ぶらで伺い、恐縮ですm(__)m

その後、「弁当出来たよ~」の電話でおじいちゃんの家を後にした。ご達者で!!

そのままおばさんの家に向かうと思いきや、徒歩1分のもう一軒の親戚の方の家に訪問!
「あらら!」・・・そらびっくりだわ、突然現れるから^^;

気が付くと11時廻っている。登山の時間だ。おばさんの家で弁当を頂き、登山口へと車を走らせた。
だんごはナビで楽ですが(^^ゞ

川沿いの県道を遡り、「二股川キャンプ場」より林道を走る。3.5km地点が登山口だ。
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12時15分登山開始!!

川沿いの登山道を緩やかに登る。大きな川では無いが、水は澄み渡り美しい。
川を2度沢渡りしたところより傾斜がきつくなる><呼吸が荒れないように、歩調と呼吸を合わせて登る。
稜線に出ても展望は開けない。途中大きな岩を巻き、展望台の分岐を右に取る。
ほどなく、二つ目の大きな岩。祠があるようだ。
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旅の安全を祈願し、山頂を目指す。

この岩の北斜面はつららの群生!
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南国とは言え、標高1000m近いと冷えるよね!

岩を左にぐるっと巻くと山頂だ。PM1時15分、ちょうど1時間だ^^
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標高967m甫与志岳

天は快晴だが、ガスが多い。期待の桜島ま見えないが、遠くに大隈山系。
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おばちゃんの弁当を美味しく頂いた^^
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飯を食べ終えると、猛烈な睡魔が・・・><しばし落ちる二人zzZ
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まぐろ部長よりのメールで何とか起きた(・・;

気が付くとPM2時15分・・・。もう1時間たってる><¥焦って、下山の準備にかかる。

くだりは早い。40分後には登山口に降りた。
再度、おばちゃんの家へと向かう。MM君がつけあげ(さつまあげ)を頼んでいたからだ。何から何まですいませんm(__)m

午後4時過ぎ。帰宅の途に着いた。
元来た道を帰る。夕日が差し込み、日が長くなったなぁ・・・。

こうして、人の暖かさや、情けに触れ、ほのぼのと一日が過ぎようとしていた。
この中で育つと、MM君のようになるのだ。納得^^

MM君有難う!お疲れ様でした(^^/
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その頃、一通のメールが届いた。みんカラ(みんなのカーライフ)エスクードのページより、エスクード生誕20周年記念イベントの参加依頼だった。
エスクードオーナー、鹿児島のノリダーさん、しんいちさん主催で九州のエスクードみんカラメンバーが一同に会すると言う・・・。
信じられない誘いだった。エスクードを手放して2年にもなるし、みんカラの更新も殆どやっていない><

どうしよう・・・???

昨年までの私なら参加しなかっただろう。だが今は違う!表情や笑顔にも昔の無邪気な面影が戻っている。JB23さん、杉さんのジムニーでナビとして参加する事を了承した。
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歴代エスクード&JB23

昨年の2月10日、大津の道の駅でエスクード誕生20周年記念オフラインミーティングin九州が開催された。

幹事のしんいちさん始め、メールをくれたノリダーさん。遠く茨城より記念品のプレートを届けていただいたとにぃさん。林道太郎さん始め、ご友人の方々…。
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車だから、水で始まった乾杯から和やかに宴は進んだ。皆さんのエスクードに対する思い入れが胸に響く。
私は、時がたつと始めてあった人達ばかりなのに、なぜか昔から知っていたような感じがしていた。
同じ共感を持つもの同士の居心地の良さ^^

無事ミーティングは終了した。帰路、もう一度エスクードを!そんな思いがフツフツと沸いている。
私の原点は、オフロード、山。もう一度、スタートラインに立つ!その相棒にはエスクード。
これからの出発にふさわしい!!

そう思い立つと行動は早かった。佐賀のスズキアリーナで、初代中古物件を探し見に行く。
獲物を狙う黒ネコのようなジジに一目惚れ。下地は出来ている。これを駈って旅立とう。まだ見ぬ世界へ!
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あれから早一年。
沢山の人達と出会い、良き時間が過ごせた。ブログも精力的に書き、楽しみを伝えられたらと思っている。人の為に、何かしてあげられる事が出来たか!と考えると?(ハテナ)だが、自分が楽しんで、みんなと分かち合えればそれで良いと思う。

私は相変わらず荒野にいる。足元はイバラと砂、ロック。
だけど顔は笑ってる。なぜなら、胸元には夜露から守った野菊と、出口までの道が見えてきているからだ(^^ゞ
07年初頭、八方塞がりの隙間から、差し込む僅かな灯りを探した。
人が欲しい。山、アウトドア、車など自分の住む世界で共感出来る人を。それも、今まで面識のない人達を求めた。

ある掲示板に出入りする事にした。常駐は私を含めても四人しか居ないローカルな板だ。
アバターの中の私は何時も雨が降っており、書く内容もネガティブな事が多かったと思う。
「何故何時も雨が降っているのですか?」と尋ねられた、「それは私がしみったれだからです」…「濡れてるくらいが心地よいのです」と答えた。
そこには前向き行こうと思いながらも、まだ吹っ切れて無い私がいた。
板の人たちは皆やさしい。見ず知らずの私に慰めの言葉をかけてくれる。自分自身は何一つ変えようとせず、それに甘えている日々を送った。

そんな秋のある日、このブログにもコメントをくれる女性から叱咤された。
「何時までも甘えているんじゃないよ!最初は皆やさしくても、そのうちいい加減自分で這上がってこいや!って言われちゃうよ」と…><;
彼女は身体が不自由で入退院を繰り返していた。食事制限、好きなものも食べられず痩せ細っていた。でも、弱音一つ言わず前向きで明るい。
そんな彼女に比べて自分はどうだ!何不自由なく暮らせている。そのくせ何時までも、過去の呪縛にとらわれている。自分の道筋が見えない。ならば人の為に何かをして、そこから答えを探そう。
今まで接してくれた人たちへの感謝の気持ちを込めて。

頭の中をハンマーで殴られ、心の中の転轍機が完全に切り替わった。
すると目の前の未来に、明るく道筋が出来たようで、今までの自分がおかしく思えてきた。

08年正月、とりあえず手帳に「毎月一山」と書き、南阿蘇”俵山”に登った^^
景色が違う、見えるものが違うではないか!

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続く
21アニバーサリー
2005年~2006年、私は人生最大の岐路を抜け、完全にレールを踏み外してしまったようだ。
暗中模索?八方塞がり…どんなネガティブな言葉も、その頃の心情からするとほろにがく心地よい。
自分がした事を正当化するより、罪悪感におぼれ自分を虐める事で精神を保っていた。
ストイック中のストイック!滅びの美学まさに堕ちるところ迄堕ちようってもんだ><¥

人との付き合いも断った引きこもりの毎日は、仕事以外の行動を制圧し、たまに南阿蘇に向かい、地蔵峠から阿蘇山を眺め、ただ呆然と毎日を送った
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そんな時、ふと昔撮ったビデオテープを見ていた。4~5年前のトーク番組のものだ。ゲストは長渕剛、彼の半生を振り返る内容だった。
彼は現在スターダムにのしあがり、順風満々に見えるが音楽、映画などで最高潮だった時期に挫折を味わったらしい(@@;
詳しくは割愛するが、彼が死のうと故郷の鹿児島に帰った時の話だ。錦江湾の港に彼はいた。見上げると桜島、荒々しい山の稜線はまるで人生の放物線に見えたと言う。
良い時もあれば悪い時もある。ジグザグと登り降りを繰り返すが、最後は頂上に至る。
噴煙と火柱を上げる桜島に背中を押された!「行きろ、書け、歌えと…」
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17歳の頃、桜島。あのぉ・・・タバコ吸ってますが、一応高校生ですm(__)m(一番右がだんご)

そのビデオテープを見終えた時、身震いがしていた。彼と私では次元が違うが、「何を腐ってるんだ」、「もう一度人生の表舞台に立て」と…。。。

続く
Our dream ride to the run!!

志半ばで、天国に逝ったHさん。彼の残されたバイクは、皆の夢を繋ぐ形見の愛車だ。
ご両親が手放すとの話を聞き、我々がその夢を乗り継ぐ事をお願いした。
幸い、本人も喜ぶだろうと快諾頂き、代表として私が譲り受けた。
買主を失った鉄の馬であっても、我々にはHさんそのものであり、我々はこれを永久に繋ごうとしている。
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スズキGoose350

私には、暖かな日差しを全身に受け、皆と走る光景が目に浮かんでいる。
暑さ、寒さ、四季の匂い・・・。風を感じて走る。

メットを脱ぐと、そこには皆の笑顔が有り、「あのコーナーでケツが滑ったよ~!」とか、会話が弾む。
道は果てしなく続き、かげろう揺れるアスファルトにエキゾーストノートが響く。
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Hさんの、旧グース。鹿児島の100円で泊まれる、ライダーズハウスにて

人は何故生まれてきた。
「走るために!!」
なんて冗談も、本気に思えてくる。

Hさんがしたためたアスファルトに、もう一度だんごが一緒に足跡を記そう。
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ニケさんの写メより

皆の思いを乗せて

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