Photo Gallery

長いところは11連休!私も明日まで頑張れば、5連休だ^^¥
すっかり気分だけは休日モード突入しているが、後1日残っているんだよね・・・><

連休に行きたい場所を妄想してみた。

takadake.jpg
阿蘇高岳
まるで月面のような木一本も生えていない、荒涼とした世界を歩くと・・・新緑がよりいっそう映えるかもね。

nakadake.jpg
阿蘇中岳から見た火口と、烏帽子岳
上から見る火口は、また格別だ!

wasi.jpg
鷲ヶ峰の岩場に挑むも良し
高度差がたまらないよ~♪若干危険><

由布岳って手もある。均整のとれた山容は、登山者を引き付けるものね。
yufudake.jpg
イワカガミやヒカゲツツジを見ものだし

2日・3日は泊まりで、霧島に行く予定^^
kirisima.jpg
こんな火口も見れるものね(^^/楽しみだ!

新緑の中、エスクも映えるだろうなぁ・・・^^
080501esc001.jpg

ジジも行きたいって言ってるよ~♪
080430esc002.jpg


良い連休を~(*^o^*)/
スポンサーサイト
九重飯田高原、通称”やまなみハイウェイ”。
バイク時代から通いなれたこの道。

目の前には、モクモクと噴煙を上げる硫黄谷と星生山。左手には、何処から見ても、三つの山容にみえる三俣山。まさかこの山に自分が挑む事になるとは・・・。
iidakougen.jpg

まっすぐに延びるこの場所は、映画「奇跡の山」でガイド犬「平治」(へいじ)がトラックの荷台に詰まれたダンボール箱から、落ちる最初のシーンが撮影された場所だ。
kisekinoyama.jpg

この映画により、山に登ってみようと思った、私の登山発祥の地なのだ。
1988年、一台の車が産声を上げた。
当時の四駆シーンと言えば、ランクル・サファリ・パジェロなどヘビーデューティーで、特定の人しか乗り得ない状況下のなか、スズキエスクードはそれらのイメージを払拭する「ライトクロカン」と言うジャンルを築き上げた。
ta01w.jpg

それから20年!初代のボクシーなデザインから、OEM提供していたGM(ゼネラルモータース)の意向により丸みを帯びたファニーな2代目^^と変身し、
800px-2004-Suzuki-Grand-Vitara.jpg

試行錯誤を繰り返しながら、現行3代目へと進化して行った。
2_7xs.jpg
スズキHPより
今では、ライトクロカンと呼べない程、車格も立派に成長を遂げて、それぞれの型でファンを増殖している。好む、好まざるはあっても、それぞれに愛すべきエスクードなのだ!!

前置きが長くなったが、私があれこれ説明するより、ズバリこれを見てください(^^/
banar.jpg
エスクレブ
20th ESCUDO birth anniversaryにおいて、今までのエスクード23型式全ての評価が投稿されています。
これで、エスク通になる事間違いない!^^

余裕が出来たら、また2代目買って、ガレージに2台並べたいな・・・何てね(^^ゞ
今朝、会社に着いた時オドメーターが99.999Kmを指していた。
080418esc001.jpg
Gリミが納車されて26日。もう1.000Kmは走行した事になる(^^¥

就業後、会社を出るとすぐ10万キロとなった!
080418esc002.jpg
大台に突入だ!!

長く乗りつづけて行きたいと思う。

最近車を変えた事が、会社の同僚にも周知されてきたようで、数人から「車変えたんですね!」と言われた。
一人の後輩は、「これ新車ですか?」なんて聞いてきた!?、「95年式だから新車じゃないよ!」と言うと、「じゃ新古車ですか?」だって(・・;
そんな古い新古車ないだろう><;もっとエスクに興味持とうよ~!!

080418esc003.jpg
まあ、いいけど(^^/


去年の秋のことだ。
近所の大銀杏は、黄色く葉を染めていた。
ooitiyou.jpg
どんな事件や、災害があっても毎年この大銀杏は黄色に葉を染める。
何十年、何百年の時を経ても、それは変わらない。
些細な出来事など、この木の下に立つと笑い話に出来るだろう。

今年の秋は、Gリミの背景を黄色く染めてくれはずだ。
物好きと言うか何と言うか、13年落ちの初代エスクード購入後初の林道走行に出かけた(^^¥

購入前一番気に掛かっていた事は、車両重量1240kgの車体に、100psG16Aのエンジンは非力なのか?と言う懸念だ。
G16A.jpg
最高出力 100ps(74kW)/6000rpm
最大トルク 14.0kg・m(137.3N・m)/4500rpm

実際走らせてみると、「小さく叩けば、小さく鳴り、大きく叩けば、大きく鳴る」っと言った感じか・・・。
ゆっくりアクセルを踏み込むと”もっさり”走るが、グッっと踏み込むとATのキックダウンとともに”猛然”と加速する。

速くは無いが、必要にして十分と言ったところだね^^

さて、汗ばむ位の晴天の中、山都町を目指した。
ここ数日の雨で、街の桜は殆ど葉桜状態だが、標高が上がるとまだまだ桜は満開だ!

内大臣大橋を渡り、いよいよ椎矢林道に突入!
080412esc001.jpg
しばらくは、フラットなストレート区間が続く

以前の、TD52Wと比較した場合、リアサス構造の違いからか、リアの追従性が若干高く感じられる。
TD01Wは、センターウオッシュボーン構造だ。かのレンジローバーに採用されていた、意欲的な構造ではあるが、横剛性の制約的な弱さや、複雑な構造によるコスト増により、2代目ではオーソドックスな5リンク&コイルリジットに変更された経緯を持つ。
補足すれば、追従性は高いが、リアの横方向への振られも多いと言うことになる。
080412esc002.jpg
2004年・2005年の台風被害により、景観は様変わりしている

椎矢林道は、九州一長い林道(ダート区間37km)として多くのオフローダーに愛され、また九州山地の登山道としても利用されていたが、林道中腹の道路崩壊により、長い間通行止めとなっている。
直した端から他のところが崩れ、開通のメドさえたたない状態だ><

080412esc003.jpg
今回も、5km地点で早々と通行止(@@)

4WDにシフトする暇さえなかったぜ><;

Uターンして、林道を降る。ATのシフトをDから2ndに落すとき、シフトロックボタンを押してからじゃないとシフト出来ないので、もどかしい!TD52Wもそうだったかな・・・?

雨の走行で、嬉しい発見があった^^TD52Wの時耳障りだった、リアホイールハウスの水の跳ね上げる音がしない事と、「ギシギシ」と言うブッシュの唸る音がしない事だ!

それぞれ、一丁一旦あるね(^^/
080412esc004.jpg



国内では、軽自動車メーカーとしてのイメージが強いスズキだが、欧州では2輪(MOTO-GP)やJWRC(ジュニアWRC)などの参戦により、スポーティなイメージが先行している。
事実モトGP以前のW-GP500ccでは、数回ワールドチャンピョンのタイトルを得とくしているし、アメリカ、コロラド州で行われるパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムでは、モンスターの異名を持つ田嶋伸博が、2007年にワールドレコードを叩き出し総合優勝を飾っている。
race02_M.jpg
2007 Suzuki Sport XL7 Hill Climb Special

国内での各メーカーの競争が激化し、新車効果による「何処を取っても金太郎飴」的な、ユーザー置き去りの量産車が溢れる現在、今後の需要拡大は見込めないとの戦略(ここの読みがスズキは凄い)軽自動車NO1メーカーとのプライドを捨て、世界へと目を向けた。

まずは、世界戦略車第一弾となる「スイフト」を紹介しよう。
2002年パリモーターショーで1台のコンセプトカーが発表された。
concept-s.jpg
『コンセプトS』1.6リットル直4-4WDシーケンシャル6MT
スズキのモーターサイクルのスポーツイメージを四輪に吹き込んだというデザイン。リアハッチ付近に重心を置いたフォルムは、欧州コンパクトに一歩もひけをとらない存在感とカタマリ感を演出している。

2003年フランクフルトモーターショウでは、『コンセプトS-2』を発表した。
コンセプトS-2
「コンセプト-S」のイメージ、コンセプトを継承し、さらにその楽しさを発展させたオープンカー
また同ショーにおいてスズキは、「コンセプト-S」の量産タイプを2004年からハンガリーのマジャールスズキ社で生産することも発表した。

そして、2004年11月1日現行スイフト発売。各ショーカーのコンセプトは継承され、走行性能の高さと低価格をアピールとした。特に足回りにヨーロッパ車的な味付けがされ、ボディ剛性は標準車でもスイフトスポーツと同等にするなど、走行性能を重視した方向性を打ち出している。
pho_05-b.jpg

この結果、2006年次RJCカー・オブ・ザ・イヤーを受賞したほか、2005‐2006日本カー・オブ・ザ・イヤーの特別賞"Most Fun"、3代目エスクードと共にグッドデザイン賞を受賞するなどの高い評価を得ている。

2005年9月には、スイフトスポーツが追加された。エンジンがジュニアWRCと同排気量の1600cc(M16A)になり、トランスミッションも初代の5速MTのみから4速ATも選べるようになった。
pho_04-bc.jpg
現代のコンパクトピュアスポーツ代表格
2007年度同選手権において、1・2タイトルを獲得している!「イエローダイナマイト」の異名を持つ!!
leg3_ua_02L.jpg
Rd14 ラリージャパン

スイフトは日本のみならず、中国・インド・ハンガリーで生産され、世界中の国々で評価を受けている。国内でも、発売3年後の2007年度末集計で販売台数10位と、スズキでもっとも成功した乗用車となっているのだ!!

スイフトスタイル運転している女性見ると、かっこよく見えるのは私だけだろうか・・・^^
pho_04-b.jpg

「人と同じ事はやらない。やるなら世界一を目指すのがスズキ」

エスクードのカリスマこと「嵐田雷蔵」さんが管理されているHP、「つくばーど」のリンクを追加しました^^

tukubard.jpg
つくばーど

こちらのHPには、嵐田さんのエスクードにかける熱い思いは元より、歴代のエスクードの歴史や、全国のエスクユーザーの写真・インプレッション・オフ会の模様などなどエスクオタにはたまらない情報のてんこ盛りとなっています~♪

「エスクードギャラリー」や、「It piles it. ESCUDO Mileage」には、《班長》の名前で、私の愛車も載っていますよ(^^¥火星に到着出来るのは何時だろうか!!

kyushu_off_line_mtg.jpg
九州オフラインミーティングより

是非ごらんあれ~☆

仕事帰り、雲仙普賢岳の向こうに夕日が沈んだ。
綺麗な夕焼けに、ふとカメラのシャッターを押した。
esc012.jpg
穏やかな風景だが、つい数年前も噴火を起こし、数名の犠牲者を出した油断出来ない山である

島原大変肥後迷惑とは、寛政4年(1792年)に雲仙普賢岳の噴火と、眉山の山体崩壊とそれに起因する津波災害である。
津波は島原対岸の肥後(熊本県)にも大きな被害を与えたのでこのように名付けられた。

雲仙普賢岳の火山活動により島原で有感地震が続き、その後普賢岳から噴煙が上がり、溶岩流や火山ガスの噴出も見られるようになった。その後、活動が収まりかけたかに見えたが、大地震によって城下町の背後の眉山が大規模に崩壊し、大量の土砂が島原の街を通って有明海へ向かって流れ落ちた。これを島原大変という。 この時の死者は約5千人といわれている。

有明海に達した土砂の衝撃によって発生した高波が、島原の対岸の肥後国天草に襲いかかった。これを肥後迷惑という。肥後の海岸で反射した返し波が島原を再び襲った。 津波による死者は約1万人といわれている。

「島原大変肥後迷惑」による死者は合計1万5千人にも及び、有史以来日本最大の火山災害となった。

熊本平野は雲仙普賢岳と阿蘇山の中間にある。
最近、阿蘇山は大規模な火山活動を起こしていないが、過去の噴火では遠く北海道にまで噴煙を積もらせたらしいし、四国には阿蘇の溶岩流が作った渓谷もある。

そんなところで生活するからには、山に興味持たない訳にはいかないでしょ!!
子供の頃、初めて阿蘇の事を学校の先生から教えてもらった時、「カルデラの中には、町があって車や列車が走っている」って聞いて(@@)なんだそれー!!って凄い妄想したもんね^^

と言うことで、普賢岳一回登っときますか(^^/

WHAT'S NEW?